心から情熱を注げる事業。

心から情熱を注げる事業。

ぶっちゃけた話、2010年に起業した時は何か目的があったわけではありませんでした。

大学生の頃からベンチャー企業で飛び込み営業をしてきて、とりあえずサラリーマンをやめても自分ひとりで食っていく分には何も困りませんでした。

「営業代行」という、誰か他の商品を売っていれば何も不自由なく生活できた。

この事業で世の中を変えようとか、売上はいくらを目指そうとか、社員数は何人くらいまで成長させようとか、そういった目標は何もありませんでした。

志がないから理念だってない(笑)。

誰に迷惑をかけるわけでもないし、毎日がお気楽でした。

・・・でも、そんな毎日は2,3ヶ月でつまらなくなった。

なんだか自分がとてもちっぽけな存在で、ただただ虚しかった。

ちょうどそんな時、サラリーマン時代の仲間が単身中国へ飛び出しました。

時はリーマンショック直後で、世界で中国の一人勝ち。

たまに彼と連絡を取ると、いつも決まってこう言われました。

「お前も今すぐ中国に来たほうがいい。こっちはやりたい放題だ!」

彼は中国で、日本にいた頃と同じようにTELアポで広告の新規開拓営業を行っていました。

「こっちではTELアポやってる奴なんていないから入れ食いだ!」

そんな彼の薦めで、「和僑会」という起業家の集まりに入会しました。

そこは、日本を飛び出してアジア各国でビジネスをする人達の集まりです。

自分はアジアで何のビジネスもしていないのに、とりあえず入会していろいろな起業家の話を聞きました。

「いつか自分もアジアを飛び回るようなビジネスがしたい」

ただ漠然と、そんな気持ちだけが芽生えていました。

北京・上海・香港・バンコク・台北・クアラルンプール etc・・・。

「現地に行けば何か見つかるかもしれない」と、暇を見つけてはアジア各国を見て回りました。

特に上海は、行く度にたけのこのように高層マンションが増えていて本当にビビった。

北京は空気の悪さにビビった。。

それでも、自分が日本を飛び出して何かビジネスができるという確信は持てなかった。

・・・そして、あれから7年。

今ではインバウンド広告事業を通じ、毎月海外で商談する生活を送っています。

世の中何があるか分からないな(笑)。

たまたま運良く、まだ国内で「インバウンド」という言葉が使われる前からこの分野に参入することができました。

まだ誰もよく分かっていなかったから、私のような野良犬でもナショナルクライアントと取引を始めることができた。

この事業に出会った時、自分の中に衝撃が走ったことを今でも覚えています。

「俺が心から情熱を注げる事業はこれだ」

「こんなチャンスには二度と巡り会えないかもしれない」

いつもいつも、心からワクワクできる事業を探し求めていました。

そして、ようやくこの事業に出会うことができて、私自身の目標もできました。

「クライアントの売上げアップに貢献するNo.1のインバウンド広告代理店」

まだまだ乗り越えるべきハードルは高いですが、これを目指してこれからも頑張ります。

増山 順一